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2008年1月の4件の記事

2008年1月31日 (木)

ジュリアーニ敗退

大統領選挙の予備選が山場にさしかかっている。同時に、連日、日本国内のさまざまなメディアからコメントを求められたり映像への出演を依頼されている。いちおう大統領選挙をライフワークと公言している以上、少しでも情報発信と分析のお役に立てればと思い、できるだけ協力している。

まず、一つ謝らなくてはいけないことがある。それは1月に出した拙著『大統領はカネで買えるか?』(角川SSC新書)で、ジュリアーニが共和党の最有力候補と書いたことだ。ご存知のように、ジュリアーニはフロリダ州予備選で大敗したあと、選挙レースから脱落した。

雑誌であればまだしも、書籍でジュリアーニ有利と記したことで、一つの汚点を作ってしまった。昨年11月末までに本稿を書き上げなくてはいかなかった時間差もあるが、私の読みが甘かった。大統領選挙の読みで初めて外した。

なぜ昨年12月まで共和党レースのトップを走っていた男が敗れたのか。昨年末まで、ジュリアーニは共和党の他候補よりもカネを集めていた。特にハッカビーやマッケインと比較すると潤っていた。億万長者のロムニーは個人資産を50億円もつぎ込んでいるので、比較にならないが、ジュリアーニの敗退は過去30年の大統領選挙でも例外的な負け方といってさしつかえない。

なぜか。戦略ミスが大きい。アイオワ党員集会を皮切りに6番目の予備選州まで、「負けてもいいんだ」的な態度でいたのが致命的になった。甘く見過ぎである。さらにフロリダ州の遊説まで、取材記者を移動のバスにさえ同乗させなかった。「秘密主義の男」といわれたジュリアーニは最後まで秘密を守ったまま自らの墓穴を掘って自滅した。

ジュリアーニのウリは、9.11直後の復興プロジェクトの政治力だった。しかし、ブッシュの右腕といわれた選挙のプロ、カール・ローブは「ひとつのプラス要素だけで選挙戦を戦い抜くことは無理がある。有権者を惹きつけるためにはいくつもの要素が必要」と書いている。その通りである。

その点、ヒラリーの強さは複合的である。私は2月5日、22州で同時予備選が行われる「メガチューズデー」でヒラリーが圧勝すると踏んでいる。20州近くをものにするかもしれない。ヒスパニックからの支持、女性票の掘り起こしの成功、組合や低所得者層からの根強い支援、中高年からの厚い支持。個人的にはクリントン家とブッシュ家にはもうホワイトハウスに入ってほしくないが、オバマは苦境に立たされている。

いまは共和党がマッケインになるのかロムニーでくるのかが注目の的である。(敬称略)

2008年1月14日 (月)

新しい本

今回のブログは自著の宣伝です。アメリカ大統領選挙についての国内書籍としては、今年最初のものだろうと思います。

カネの流れに焦点をあてて今年の大統領選挙を追っています。もちろん複雑なシステムについても説明してあります。お読みいただければ幸いです。

『大統領はカネで買えるか? - 5000億円米大統領選ビジネスの全貌』

角川SSC新書  ¥756

2008年1月10日 (木)

ふりだし

ヒラリーが予想どおりニューハンプシャー州予備選で盛り返した。

私は大統領選挙の予想屋ではないが、1月5日付のブログで「私の読みはヒラリーへの順風である」と書いた。オバマがアイオワ州で旋風を巻き起こしたあとに、である。

アメリカ人記者も評論家も誰もヒラリーの盛り返しを期待していなかった。というより、できなかった。ほとんどのメディアはヒラリーよりもオバマに肩入れしているため、ヒラリーが勝つことなど予想だにしなかった。だが、私は彼女の選対の強さとカネの集まりぐあいを知っている。そうやすやすと負ける組織ではない。

けれども、私は個人的にヒラリーのファンであるわけではない。4年前のブッシュ再選の時もそうだった。かなり早い時期から「ブッシュが再選される」と書いていたが、心情的には反ブッシュだった。純粋に誰が勝つかの分析をしているだけである。

1月5日だけでなく、昨年12月7日のブログでも、今年の選挙は最終的にヒラリーとジュリアーニの戦いになると書いた。いまも同じである。自慢になってしまうが、1984年から大統領選挙の予想は外していない。

アメリカにいて、全米でキャンペーンを追っていると見えるものがある。支持率や経済指標といったデータだけでなく、有権者の思いや不満がわかってくる。さらに独特な空気感と呼べるものがフッと目の前にあらわれたりする。

東京にもどったことで空気感が読めないのは事実だが、「かなりいい線」いくのではないかと思っている。オバマ対ロムニーの戦いにでもなったら、私はアメリカに戻った方がいいかもしれない。

ヒラリーがアイオワ州で負けたあと、彼女の選挙対策本部はかなり荒れていたという。これは電話取材で入手した情報だが、彼女の選対委員長であるパティー・ドイルや戦略担当のトップであるマーク・ペン、さらにTV広告担当のマンディ・グランウォルドをクビにするとの話まで飛び出したという。

上記3人はヒラリーの両手と足1本にあたいするくらい重要な参謀である。その3人を切って、別の選挙コンサルタントを雇うというところまでいった。極限に追い込まれた証拠である。ヒラリーの涙はそうした背景があってのことだったのかもしれない。

これでオバマとは1勝1敗である。外野席から眺める者にとってはますます面白い戦いになってきた。(敬称略)

2008年1月 5日 (土)

短絡的なメディア

アメリカ大統領選挙のアイオワ党員集会がおわり、民主党ではオバマが、共和党ではハッカビーが首位を奪った。

多くのメディアは勢いに乗ったオバマに注目し、「オバマが大統領か」といったトーンの報道をしている。これはアメリカのメディアに見られる報道姿勢なので、日本の新聞・テレビも同じ流れである。

だが少し待っていただきたい。内外の報道を散見するかぎり、多くの記者は選挙の全体像を見失っているように思える。確かにオバマは有権者の心を掌握したメッセージを送った。それは昨年11月12日にアイオワ州デモインでおこなわれた集金パーティーの劇的ともいえるスピーチに表れていた。ヒラリーにはない「強さ」がそこにある。

けれども、オバマが首位を奪っても、それはアイオワ州だけのことでしかない。しかも大統領選挙システムはアイオワ州のすべての代議員をオバマに与えない。15%以上の得票率がある候補には均等に代議員が割り振られる。だからヒラリーもエドワーズも代議員を獲得している。

ヒラリー陣営のカネの力と組織力がそう簡単につぶれるとは考えにくい。アイオワで首位にきても、その後負けた候補は何人もいる。1988年のドールがそうだ。88年というのはパパブッシュが大統領になった年である。ドールのアイオワでの得票率は37%。くしくもオバマと同じだ。パパブッシュは19%だったが、ひっくりかえされる。民主党では88年のゲッパートや92年のハーキンがアイオワで首位を奪ったが、いずれも後に敗退した。

私は党員集会(コーカス)という会合スタイルで決めていくアイオワの選挙よりも、一般投票形式をとるニューハンプシャーの予備選(8日)の結果に注目している。ここで仮にオバマがヒラリーに10%以上の差をつけて勝ったとしたら、本当のバンドワゴン(勝ち馬に乗る)現象が全米を駆け巡る可能性がでてくる。

ただ私の読みはヒラリーへの順風である。それは92年に夫ビル・クリントンが「カムバックキッド」と自身を形容した底に渦巻く力である。当時、ビルはアイオワでたった3%の得票率だった。ニューハンプシャーでもソンガスに負けて2位。それでも大統領に当選する。

現在でもヒラリーはニューヨークやカリフォルニアといった大州で、オバマに約20ポイントの支持率の差をつけている。予備選というのは代議員数の獲得競争である。小さな州を10州失っても、大州で大勝すればいいのである。オバマにヒラリーを突き放す力があれば、ホワイトハウスは現実のものとなるかもしれない。(敬称略)

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