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カテゴリー「政治」の投稿

2007年9月20日 (木)

政治とカネ - 朝日新聞

朝晩はいくぶんか涼やかな風が吹くようになったが、日中はいまだに顔をしかめてしまいたい暑さが続いている。9月20日の朝日新聞朝刊、「私の視点」にコラムを書いたので、読んで頂ければと思います。

安倍首相の突然の辞任表明から1週間がたち、政治の話題は自民党総裁選に占有されている。だが、政権与党の国会議員による「政治とカネ」の問題が解決したわけではない。

新政権になっても、金銭絡みの閣僚らの不正が再び表面化する可能性は高い。というのも、首相官邸を含む日本の政府機関には、本当の意味での「身体検査」のシステムがないからだ。

私はジャーナリストとして米国のワシントンに25年住み、今春帰国したが、閣僚を含めた政治任用職(ポリティカル・アポインティー)の人選については、米国の徹底ぶりをまざまざと見せつけられた思いが強い。

米国の首相官邸にあたるホワイトハウスには人事局があり、長官などに空席ができると、まず多岐にわたる視点から候補者を挙げ、その全員に連邦捜査局(FBI)と内国歳入庁(IRS)が徹底的な「身体検査」を行う。通常で3カ月を費やす。

同時に、人事局は候補者との面談と書面により、家族の詳細、健康状態、21歳以後の全所得と全収入源、財産、所属機関の詳細、各種支払いの滞納の有無、新ポストに批判的な知人の有無、養育する子供がいる場合の費用延納の有無、さらに家族が大統領を否定する言動を過去に行ったことがないかなどまでをただす。まさに本格的な「身体検査」だ。日本のような会計検査院の指摘レベルではない。

このハードルをクリアした後、候補者は連邦上院司法委員会の公聴会に出席し、議員の質問にさらされる。その上で、本会議場で過半数の賛成を得て承認されなくてはいけない。米国のような海千山千の人材がひしめく環境では徹底的な「身体検査」が必要になるのだ。

89年、ブッシュ(父)政権誕生時、知日派として有名なアーミテージ元国務副長官が国務次官補に指名されたことがある。しかし、彼はイラン・コントラ事件への関与を疑われ、不適格として却下された。システムが確立していたことで公職に就く前に落とされたのだ。

92年、私がホワイトハウスの記者証を申請した時のこと。FBIは3カ月かけて私の身辺を捜査した。当時住んでいたマンションの管理人や同じ階の住人にも捜査官が聞き込みに来た。ある夜、管理人が「あんた、FBIが来たわよ」と慌てふためいていたことを思い出す。記者に対しても当然のように「身体検査」をする徹底ぶりである。

こうした厳しいプロセスを当たり前ととらえ、議員や政治任用職の人たちは普段からカネの出入りの透明性を保っている。もちろん、あらゆる分野での違法行為とは無縁でいなくてはいけない。税金で給料が支払われる公僕である以上、当然との意識である。

それに比べると、日本の議員のカネに対する「ゆるさ」はいかんともしがたい。すべての議員がそうというわけではないが、「これくらいは許される」といった甘さは正すべきだし、日本文化と開き直っている時代ではない。

米国のシステムが万能であるわけではない。日本がやみくもに米国のシステムに追随すべきでもないが、使えるものは積極的に生かし、日本流に変えて採用すべきだろう。

少なくとも首相官邸の「身体検査」はシステムとして機能していない。日本独自のプロフェッショナルな「身体検査」を早急に確立すべきである。旧態依然とした自民党的な人事はもはや過去の遺物だ。小手先だけの検査では、問題の本質的な解決にならない。

2007年9月13日 (木)

虚ろなプリンス

またしてもブログ更新が滞ってしまった。申し訳ない。

安倍辞任で、13日の朝日新聞朝刊に掲載予定だった「政治とカネ」についてのコラムが差し替えられてしまった。これでしばらく、年金と、自民党とカネの問題が忘れられてしまう。

私が日本の政治を眺めるときに通過させるフィルターは、他国の政治システムである。特にアメリカとの比較で日本の政治を少しでも客観的に浮き上がらせ、よりよき方向へ進んでもらえればと願う。

安倍の辞任は24時間たって、すでに語りつくされた感があるが、一言で述べるならば「自壊したプリンス」ということになる。テロ特措法、年金問題、閣僚の不祥事、孤立した宰相の地位、さらに内面に抱える問題もあろうが、これくらいで自身に白旗をあげていてはいけない。

日本はいま敵国から攻撃を受けた戦時下ではないし、核兵器でテロ攻撃を受けたわけでもない。安倍は自己内部で問題を肥大化させ、自身の首を絞め、いてもたってもいられなくなってしまった感が強い。

クリントンやブッシュもいくらでも危機はあった。だが、それで大統領を辞任したりはしないし、クリントンなどはそれをむしろ楽しむくらいの余裕があった。同情の声がほとんど聞かれないのは、プリンスの脆弱さを露呈させてしまったからだろう。逞しさという言葉ほど安倍と縁遠いものはない。

政治システムの上でも、宰相という職務を容易に投げ出せることにあらためて驚かされる。健康問題が1番のネックであれば、一時的に入院してもいい。政治の空白は許されないので、バトンを受け継ぐ人間がいなくてはいけないが、首相官邸に安倍を強固に支えるシステムがない。

ホワイトハウスという牙城には1000人ものブッシュをささえるスタッフがいる。独裁者をつくってはいけないが、システムとして行政府は機能する。あらためて日本の虚弱な行政府をみた思いである。

安倍辞任のニュースは国内ではもちろん大問題である。「世界各国も大きく取り上げた」と思われるだろうし、そうした報道もあった。だが、CNNの国際ニュースのランキングでは安倍辞任は12日、8位でしかない。トップはプーチンが内閣を総辞職させたニュースである。インドネシアの大地震が3位。北極海の氷が薄くなったというニュースが5位で安倍辞任よりも興味をもたれている。日本の位置はいま、このあたりである。

次期首相の顔ぶれを見ると、個人的には投票したくない政治家が並んでいる。日本にはこれくらいの人物しか首相の候補者がいないのかと思えるほどである。公選制の導入にはいろいろと問題もあるが、本当に国民から支持される首相を選出するためには、将来的に有権者の一票に期することがふさわしいだろう。

今しばらくは混沌の永田町を眺めることにする。(敬称略)

2007年7月 5日 (木)

福島瑞穂の会見

「何も変わっていない」

今月2日、外国特派員協会で行われた社民党党首、福島瑞穂の会見に出席して胸に去来した思いである。21世紀になっても旧社会党の考え方をそのまま持ち続け、いまや国民にほとんど支持されていない現実を前にしても何も変わっていない。

「最新の共同通信の世論調査では、社民党の政党支持率は1.3%と低迷している。この現実をどうとらえていますか」

福島にこう訊くと彼女は言った。

「なかなか支持率が上向かないというのは事実。ただ国会内での議席数は少なくともいい仕事をしているという自負はある。参院選の選挙キャンペーンを好機ととらえて、もっと支持を確保していきたい」

参院選にむけてのスローガンは「9条と年金があぶない」。マニフェストも読んだが、数議席しか持たない社民党がそのマニフェストを実現できる可能性はなく、夢物語で終わっている。

旧社会党は労働者の味方といわれた。いまでも福島は労働法制を整えていくと口にするが、いまや共産党よりも支持率は低く、100人に1人しか支持されていない中で理想論に終わっており、寂寥感さえ漂う。

野党でも、民主党には9条改憲に前向きな議員も大勢いるが、福島はそこは譲れないという。「9条の解釈で民主党と差別化をはかる」。何があっても護憲の姿勢は変えない。

それが彼女らしさなのだろうが、現実にそぐわない青臭い政治思想を持ちつづける限り、社民党の行き先はますます狭まるだろうし、このままでは将来、党の解散に追い込まれないとも限らない。そんな思いを抱いて会場を後にした。(敬称略)

2007年6月16日 (土)

社会保障番号

社会保険庁による年金記録の不備問題が尾を引いている。

今回の問題は、10年前に基礎年金番号が導入される前を対象にしているとばかり思っていたが、問題はもっと複雑だった。年金番号が導入されたあとも、一人に2つの違う番号が与えられたケースもあるし、番号があっても支払った年金が記録されていない場合もあり、混乱を極めていた。

日本政府はアメリカにならって、1997年に基礎年金番号を導入したが使いこなせていなかった。安倍政権は今後、その番号を年金だけでなく医療や介護にも使える「社会保障番号」として一元化するアイデアを出してきた。アメリカを一気に通り越して、ITカードにするという。

こうした不祥事がないと次になかなか進めないところが日本的であるが、IT化には賛成なので慎重に、同時に早急に進めてほしい。集団的自衛権や憲法第9条の改憲も同様である。平時では遅々として改憲の道をたどらないが、有事が発生したら短期間でまとまるのが日本である。

アメリカが「社会保障番号」を導入したのは1936年のことである。最初は年金記録を管理することを目的にしたが、徐々に用途が広がった。その証拠に、最近は年金を支払わない子供たちでも、ほとんどの子が「社会保障番号」を持つ。

86年以前にはほとんどなかったが、扶養者としての記録が必要になったことによる。現在は生まれてすぐに子供の番号の申請をする親が増えた。だが番号取得は今でも義務ではない。

「社会保障番号」は今では年金や税金、医療、身分証明などさまざまな分野で使われている。私が住んでいたバージニア州では(多くの州も同じ)、運転免許証の登録番号が「社会保障番号」と同じであった。社会保障局(SSA)だけでなく国税局(IRS)や陸運局(MVO)、金融機関、学校、会社などがこの9桁の番号を使っている。

アメリカには戸籍がないので「社会保障番号」を使って政府や企業、団体が管理目的のために使用しているわけだ。国民の間ではあまりにも一般化されているため、違和感を覚える人は多くないが、番号を盗用された犯罪が起きていることも事実だ。ただ利便性の方がまさっているし、私は日本はやっとここまで来たかとさえ思う。

犯罪や個人情報保護の心配はわからなくもないが、システムの重要度は高度3万メールル上を行くといった印象だ。完璧なシステムはない。まず構築してから精度をあげていけばいい。

アメリカの社会保障局は毎年、一枚の通知を送付してくる。”アメリカ政府にしては”親切なことで、老後、私が給付される年金額を教えてくれるのだ。アメリカの場合、支払い額によって給付額が違うので、年々その額は変化している。私は50歳なので給付されるまでにずいぶんと時間があるが、一応「これだけお支払いしますよ」という納付額が記載されている。

日本の社会保険庁が「社会保障番号」を導入してIT化する時に求められるのが透明性である。どれだけのカネが入り、どう使われているのか、そしてどれだけ国民に給付するのか、納付者一人一人に通知してほしいものである。

相変わらずアメリカにかぶれた意見かもしれないが、ご参考まで。

2007年4月 9日 (月)

都知事選と大統領選

現職石原に軍配が上がった。

横暴な物言いの石原対左翼崩れの浅野という二者択一の選挙だったが、戦いにならなかった。数週間前、少人数の勉強会に出席したとき、メンバーの衆議院議員が「浅野が圧勝する。賭けてもいい」と明言したが、大ハズレだった。

知事選は首相の選出方法とちがい、有権者の直接投票で決まるのでよくアメリカ大統領選と比較される。しかも東京は人口と予算規模から小国の大統領に等しい。

そうなると、わたしがライフワークとして追う大統領選の諸要因をみることでさまざまなことが見えてくる。大統領選とではカネの集まり方と選挙期間、さらにTV広告の自由さの3点で大きな違いはあるが、敗因は似てくる。それは経済である。

過去50年のアメリカ大統領選挙をみてもそうである。もちろん他の要素もあるが、好況にわく経済をバックにして、トップを引きずり降ろす国民はいない。ワシントンから東京にもどってまだ1カ月余だが、「景気は確実に上向いている」という話をいたるところで聞く。

石原がいくら公金を個人的に使途していても、既存メディアは糾弾しきれていない。しかも2月の完全失業率は4%で保たれ、町に失業者があふれているわけではない。企業業績も株価も上向きである。東京の町から火が消えたような状態であったなら浅野に軍配が上がったかもしれない。だが、そうではなかった。

さらに浅野には政治家としてのカリスマ性が無さすぎた。それは選挙直前に出版された浅野の単行本の売れ行きの悪さにも表れていた。出版担当者は「売れてない」とはっきりと言った。

大統領選の黒人候補オバマの自伝はベストセラーである。大きな違いだ。石原の再選はすでにはるか前から決まっていたのである。(敬称略)